SleepyMan

りおの生活雑記帳。心身の健康、仕事の効率化など、思いついたネタを綴っていきます。

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しばらく、以下のサイトでも同様の記事を投稿するようにします。

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海でのんびり過ごしたい

お題「海派? 山派?」

  急に休みをもらえたなら、静かな浜辺に日傘を立て、ゴロンと寝そべりながら、波の音を聞いて、ゆっくりと寛ぎたいと思います。その後は、温泉にでも浸かって、自然な眠気を楽しむのもよいでしょう。

 海か山かどちらが好きといわれても、本当のところは、どちらが好きというわけではないのです。独り黙って瞑想できるような空間があれば十分と思います。

 山が好きという方は、何か自分に課題を与えて、その達成感を味わいたいと考えるのでしょう。また、海が好きという方は、日々の喧騒から離れて、気分転換を図りたいと考えるのでしょう。

タバコをやめて気づいたこと

一服することの意味

 禁煙外来に通いタバコをやめたことで気づいたことがあります。当時、ニコチンを摂取しても気分が良くならないような薬を服用していました。

 この薬を服用してからは、いわば頭の中に霞がかかったような感覚で、何かすることを始めるためのきっかけがなくなり、何をするにも億劫に感じるようになったのです。この禁煙はとてもハードルが高く困難なものになると、私は強く思いました。 喫煙行為が何かをすることの引き金になっていたのですから、代わりの引き金を見つけるか、あるいは、引き金がなくとも行動できるようにならなければ、この禁煙は達成できないと思ったのです。

禁煙の代償

 この3ヶ月間、私は代わりの引き金をひたすら探し続けました。顔を叩き大声を出して気合を入れてみたり、氷やフリスクを舐めてみたり、全く座らずに立ちっ放しで日常を過ごしてみたりなど、様々なことを試しました。しかし、未だに喫煙行為に変わるような引き金を見つけることができません。

 禁煙を始めて以降、非常に怠惰かつ漫然とした日常生活を送っています。物事の能率や意欲は格段に落ちました。私が禁煙した目的は金銭節約であったため、現在はこれを満たせていると考えています。しかし、その代償に今失ったものも、かなりあるように感じています。

 禁煙外来に通った患者の禁煙成功率は約50%とされていますが、 残り50%が禁煙に失敗する理由のひとつがここにあるのではないでしょうか。要は、喫煙行為に変わる気分転換、あるいは、同じような爽快感を感じることが見当たらないのです。

それでも禁煙した意義はあったと思いたい

 以上のようなことを書いていれば、喫煙行為に対して大変未練がましいように見えると思います。ニコチンそのものに対しての依存状態は、禁煙外来へ通うことにより脱しました。喫煙が原因となる疾患にかかるリスクは、今後大幅に減るでしょう。それだけでも禁煙した意義があったといえます。

 禁煙は一生続くものだと言われています。 今後禁煙者として、これを維持していく方法を見つけていく必要があります。この憂鬱な状態を脱し、いつか気分が晴れやかになる日を思って、自分に何ができるかを問うていきたいです。

スマートフォンのお掃除

スマートフォン=情報自動収集装置

 スマートフォンとそのSDカードの中身を大幅に整理しました。最近、手持ちのスマートフォン(SO-02H)の動きが遅く感じてきたことと、手帳への移行により不要なアプリやデータが溜まってきたことで、思い切って決断しました。近々機種変更を予定しているため、これに備えてデータを選別することも兼ねています。
 スマートフォンは、様々な情報を半ば自動的に収集・貯蔵するのにとても良い役割を果たしてくれます。しかし、その中身を選別して捨てていくことは、扱っている人間が意思を持って行わないことには解決しません。結局、今回は約3分の1のデータが不要となり、SDカードを用いることもなくなりました。

情報が必要かどうかの見極め

 自動的に収集された情報を保存するかどうかを決定するには、以下のような一定の基準を作り、これによって定期的に見直していくことが必要と考えます。

  • 情報を収集する目的や意義は何なのか
  • その目的や意義に従って何の情報を収集するのか
  • どのようにその情報を利用するのか
  • 誰といつその情報を共有すべきか
  • いつその情報を廃棄すべきか
  • 次にすべての情報を見直すタイミングをいつにするか

 自分が関わる全ての事柄に対して基準を作ることはたいへん難しいですが、ある程度大枠で利用できるものを作ってしまえば、その時々であてはめていくことができると思います。

日本国憲法前文

 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。

憲法前文を暗記することへの疑問

 昔々、小学生か中学生の時に、社会科の授業で日本国憲法の前文を先生の前で一言一句間違えずに暗唱するという課題が与えられました。筆記テストの穴埋め問題も出されたように記憶しています。これほど強制的に覚えさせられる日本国憲法前文ですから、内容に疑いようのない神聖なものであると当時思い込んでいました。
 以後、政府が憲法解釈を恣意的に変更したとか、憲法は何が何でも一言一句変更してはならないとかいうニュースに触れるたび、以下のような疑問が浮かんでくるようになりました。

  • この憲法は解釈の説明が必要なほど曖昧な内容であるのに、これを一言一句間違えずに暗唱させる意義は何なのか。
  • この憲法が国民の厳粛な信託に基づいて制定されたなら、これまでに憲法にうたう国民の崇高な理想や平和を愛する諸国民の公正と信義などが変わることが全くなかったのか。
  • 「法律体系はすべてお上が決めたことであり、自身がほとんど関与できなかった」ものと国民が勘違いしているため、これまでに当事者意識があまりにもなかったのではないか。

日本国民が理想の国家像を蔑ろにしてきたツケ

 法律は国民相互の約束事であり、これに解釈を差し挟んで意味を曲げてしまうようでは、厳粛に字面を維持し続けて改正しないことの意味が全くなくなると考えます。一通りにしか解釈できなければ、解釈した者の思想が多分に織り込まれるおそれがあります。
 また、時代の流れに即して国民の要請に応える憲法でなければ、まさに国民の信託を十分に反映したものにならないでしょう。今では護憲、改憲、現行憲法無効論など様々ありますが、根底に国民の厳粛な信託がなければ、血の通った実り多い憲法にはならないでしょう。

ミッション・ステートメント

プランナーの近況

 以前に書いた通り、クラウドで管理していた情報をフランクリン・プランナーへ順次移しています。手帳へ書くことに、ようやく慣れてきました。初めは書き損じや考えがまとまらないまま殴り書きなどしていましたが、今では考えを要約して書き留めることができるようになりました。多分、少しは頭が使えるようになりました。

私のミッション・ステートメント

 さて、フランクリン・プランナーの少々とっつきづらい部分に、「価値観」や「ミッション・ステートメント」というものがあります。このうち、ミッション・ステートメントは、いわば私個人の憲法のようなもので、こうありたいという自分の姿とその状態に達するための約束事をまとめた文章です。
 私は、毎年これを書き直すようにしています。また、毎日どこかの時間で必ず見るようにしています。なかなか実が伴わない恥ずかしい内容ですから、あまり他人に見せられるものではありません。
 何の参考にもならないと思いますが、抜粋して掲載します。

私は、自分で決めたことを何でもできます。
私は、大切な人と一緒の時間を楽しく過ごします。
私は、自分自身を独り振り返る機会を作ります。

私はこんな人物像を目指します。

  • 情熱を絶やさない人
  • 優しさを理解できる人
  • 知識に富む人
  • 誰かが困ったときに助けになる人

私は、これらに取り組みます。

  • 笑顔を絶やさず周囲に明るくします。
  • 人の話をよく聞いてから行動します。
  • 謙虚になり、感謝の心がけを持ちます。
  • 努力を欠かさず、緩急のメリハリをつけます。

私は、自分自身を磨きます。

  • 心身を鍛えます。病気が気にならなくなります。
  • 不安に動じません。良くも悪くもこれまでの経過が結果を出します。
  • 後悔しません。現在と未来は努力で変えることができます。
  • 勉強を欠かしません。知識を生活に生かします。
  • 常に落ち着いています。あるがままに生き、幸せを感じるようにします。

今後の使い方について

 フランクリン・プランナーのシステムは共感できるところが多く、クラウドタブレットを使っていた時も大いに参考にしていました。プランナーの携帯性がもっと良くなればと考えています。来年はポケットサイズにしようか迷っています。店でサイズや使い勝手など確認しようと思います。

諦めるときに考えたいこと

自分がどうにかできることとできないこと

 人の遣う時間や労力には限りがあり、それらとは反対に、人の思考する世界には限りがないのです。
 自分ではどうしようもないことをはっきりさせることは大事です。どうしようもないことに対してどれほど苦労したところで、結果が自分に利益のあるものになるかどうかわかりません。苦労した甲斐を感じなければ、次の何らかの苦労に対して立ち向かうための気力がなくなってしまいます。

諦めることの意味

 自分ができることが何かをはっきりさせて、それに向かって着実に物事を進めることが大事です。どんなに小さくても一つの物事を成し遂げたとき、次にすべきことへのやる気が湧いてきます。この湧き立つやる気の繰り返しで、誰もが明るく楽しく生きていくのです。
 諦めるというのは、物事を分け隔てなく並べて、今なすべきことを明らかにすることです。