SleepyMan

りおの生活雑記帳。心身の健康、仕事の効率化など、思いついたネタを綴っていきます。

禁煙外来を通い終えての感想

昨日に最後の診察を受け、禁煙外来の治療を終えたので、これまでの経過を残したいと思います。
初めに結論をまとめます。

タバコをやめられない方は、各種の喫煙者への嫌がらせに卑屈にならず、自由に楽しめばよいと思います。
禁煙は一生続きますので相当の苦痛と思われますが、タバコを楽しめない方は禁煙すればよいかもしれません。

禁煙を決意した動機

動機の強い方から列挙します。

  1. 金銭的負担からの解放
  2. 喫煙者として周囲から嫌悪されることによるストレス
  3. ストレスを喫煙で解消しようとすることによるストレス
  4. 胸焼け等の不快感が反復するようになった

これまでの禁煙歴

  • 喫煙は1日あたり20本程度
  • 6年間喫煙、4年間禁煙、その後喫煙再開
  • 前回の禁煙はニコチンパッチを使用

禁煙外来受診中の経過

初回

  • 呼吸機能検査、呼気中CO濃度検査
  • 禁煙による身体と精神の変化について指導される
  • 前回禁煙失敗した原因と対策について指導される
  • チャンピックス錠を医師の指示通りで処方される

第2回

  • 呼気中CO濃度検査
  • 喫煙したくなった時の対処法について指導される
  • チャンピックス錠を医師の指示通りで処方される

第3回

  • 呼気中CO濃度検査
  • 薬を飲み忘れた時の対処法を指導される
  • チャンピックス錠を医師の指示通りで処方される

第4回(最終)

  • 呼気中CO濃度検査
  • 「1本だけならいいかも」は絶対思わないよう指導される
  • チャンピックス錠を医師の指示通りで処方される
  • 特段の心配が無ければ次回は来院不要とのこと

所感

 非喫煙者(特にタバコを嫌う方)からは、何となく人当たりが良くなったような気がしました。仕事中に喫煙していると、サボっているように見えたからでしょう。
 禁煙外来終了後の禁煙達成率は約5割とのことで、あまりに低いのではないかと感じますが、その原因が以下の経験から推察できると感じています。
 もともと金銭節約のための禁煙なので、何の面白味もありませんでした。また、禁煙することのメリットを医師からいくつか説明されましたが、身体的・精神的に何か改善したとは思っていません。もっとも耐え難いのが、何か行動を起こすのに余分な精神的エネルギーを必要とするようになったことです。何をするにも、一服が行動のきっかけになっていたためです。これは一生付き合っていかなければならない課題となるでしょう。あと、喫煙に充てていた時間がなくなり、時間を持て余すようになりました。

まとめ

 やや否定的なことばかり書きましたが、金銭節約できるようになりましたから、総じて禁煙して良かったと思います。
 禁煙を決意する動機は、「金銭」と「人間関係改善」に集約できると思います。何かメリットを感じるならば、禁煙を始めるのがよいでしょう。

未だにわからないこと

安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから

広島の原爆死没者慰霊碑の碑文です。
私は、高校生の修学旅行で訪問し、これを初めて見ました。
私は、これが何を指して言っているのかを未だに理解できないです。

  • 「過ち」とは何か。
  • 「過ち」を犯したのは誰か。
  • 碑の建立後に「過ち」は繰り返されているか。

日が開いたので近況など

 最後の更新から1か月ほど経過し、ブログも完全放置状態でした。やっと生活が落ち着いてきましたので、懲りずにまた書き始めます。

小さなガス抜きを繰り返す

 禁煙が2ヶ月目に入りました。憂鬱な気分になった時は、屋外へ出て軽く体を動かすようにしています。あるいは、無心になって単純作業に取り組んだり、人気の無い所で発声練習のようなものをしたりします。孤独かつ特殊な職場なので、声を出したり、あれやこれやと意思疎通したりすることもあまり無いのです。何か外へ「出力」することで、ガス抜きをしています。
 職場に一人でいるものですから、自分のためにできることは何でもできる恵まれた環境にあるといえます。他人との切磋琢磨などが無くなり、全て自律的に行動しなければならないことが、唯一の大きな悩みではありますけれども。

熱中症が心配

 暑くなってきましたので、熱中症対策には留意します。独りで干からびると、夕方まで誰も助けに来ないシステムになっております。
 気候の変化が激しい時期ですので、どうか皆様もご自愛くださいませ。

「普通」って何だ?

変わり者の悩ましい日々

私は、普通という言葉がよく分かりません。変わり者なので、余計にそう感じます。
私は、よくいう「場の空気が読めないヤツ」です。時に「あなたの言う普通を教えてください」と尋ねることがあります。普通という言葉を連呼する方には、嫌われているでしょう。おそらく日本社会には不向きなタイプです。

自分自身を守るための「普通」

何か明快なルールがあって普通という言葉を使うなら、話は理解できます。

一般に、程度の差こそあれ、他人に何かを求める時の普通の水準は高いのに対して、自分が弁解するための普通の水準は低いのではないかと思います。私は、前者と後者が一致している人を見たことがありません。

普通を連呼する時があれば、 それが何か自分の中に抱える抑圧感や劣等感の裏返しになっていないか確認することが必要な気がします。

その人にとっては余計なお世話かもしれませんが。
(こんなことを書くから空気が読めないと言われるんですね。)

何をするにもお金がかかるから

今週のお題ゴールデンウィーク2017」

毎年のことなのですが、気にも留めない間にゴールデンウィークがやってきます。
旅行や買い物の行先を普段から列挙していますが、この混み合う時期に敢えてどこかへ行こうなどとあまり思わないのです。今年も近場で終わるような気がします。

普通なら遠出するには計画を立てるものですが、私達家族は思いつきで旅行するところがあります。オフシーズンの安い時期と仕事の休みが合えば、ふらっと出かけるような具合です。

昨年まで有給休暇を取って旅行をしていましたが、人手不足などの諸般の事情により、ゴールデンウィークや盆正月に替えなければならない場面も出てきました。
もうそろそろ、めまいのする人混みと手痛い出費に耐える練習をしたいと思います。

部活動に求めることは何なのか

今週のお題「部活動」

中学校に入って部活動というものがあることを知り、私は「いずれかの部活動に所属しなければならない」という校則に悩みました。初めは、活動に強制力の無い部へ入り、いわゆる「幽霊部員」の状態を2ヶ月ほど過ごしていました。他の友人達は当時流行した「スラムダンク」という漫画に憧れて、バスケットボール部に入部しました。賑やかに部活動に勤しむ友人達を見て、「このまま幽霊部員を続けては、様々な楽しみを取りこぼしてしまうのではないか」と思い、私は転部することに決めました。

部活動に対する悪印象を払拭するために、2ヶ月間「私は何をしたいのか」とぼんやり考えました。当時、私が部活動に求めたものは、新たな人間関係を作ることと適度な運動でストレスを解消することでした。

そうして決めた転部先は、卓球部でした。卓球は、昔は運動音痴がやる根暗のスポーツなどとからかわれたこともありました。しかし、実際やってみれば解ると思いますが、瞬発力や判断力、細やかな技術と心理戦を要求される立派なスポーツです。

私は、運動が得意ではなかったのですが、この卓球の面白さに気付き、高校まで卓球を続けました。大会で優秀な成績を収めることはありませんでしたが、卓球を通して得たものはとても多かったと感じています。

部活動は、皆が一心不乱に練習し、大会を勝ち上がって、その道を究めるという側面もあるのでしょう。卓球部員の中には、私がいることでチームの成績を下げるのだと先生に訴える方もいましたが、そのような気分になるのも理解できます。

しかし私はそうではなく、皆と一緒に部活動以外の時間も楽しんで遊び、生活の苦楽を共有するのが何より良かったのです。

これから部活動に励もうとする方は、「何のためにそれをするのか」を考えると、おのずと道が開けると思います。どうぞ楽しく頑張ってください。

幸せの基準について

久しぶりに、物凄い自慢をする方に出くわしました。「親が金持ち、高学歴、超一流企業、エリート街道まっしぐらで、時代の先頭に立っているワタシ素敵」みたいなのです。まるで漫画の世界を見ているようでした。
雇われの身なんて、どこに雇われようと大した違いは無いと思います。会社の看板で飯を食べているだけなのですから。

あまりの酷さに苛立って、私もこんな風に頭の中で自慢してやりました。

IQ高めEQ低め、のほほん地方国立大卒、妻娘達に足蹴にされる毎日、平凡な理系技術職、加齢臭ほんのり香る34歳、年収500万で住宅ローンに喘ぐ日々、今更グレたいと不良中年に片足突っ込んで足首捻挫、他人の事には細かいくせにテキトー人生……。どうだ!すごいだろ。すごい平凡だろ。参ったか。

日々の平凡さが極まって、ありもしない空想に走り、結局平凡な現実に立ち返って幻滅することがあります。妄想は現実を変えるものではありません。
他人と比較することに終始するよりも、今生きているこの瞬間に、自分自身に対して納得しているかが一番重要なのだと思います。
自分の幸せの拠り所が「世間的に上か下か」ならば、いずれ確実に不幸な人間になるでしょう。常に比較する相手を探さなければならないのですから。いずれ死ぬ間際に、「私はあいつよりいい人生だった」なんて寂しいことは言いたくないのです。

私は、ごく平均的な今の暮らしが好きです。