SleepyMan

りおの生活雑記帳。心身の健康、仕事の効率化など、思いついたネタを綴っていきます。

タバコをやめて気づいたこと

一服することの意味

 禁煙外来に通いタバコをやめたことで気づいたことがあります。当時、ニコチンを摂取しても気分が良くならないような薬を服用していました。

 この薬を服用してからは、いわば頭の中に霞がかかったような感覚で、何かすることを始めるためのきっかけがなくなり、何をするにも億劫に感じるようになったのです。この禁煙はとてもハードルが高く困難なものになると、私は強く思いました。 喫煙行為が何かをすることの引き金になっていたのですから、代わりの引き金を見つけるか、あるいは、引き金がなくとも行動できるようにならなければ、この禁煙は達成できないと思ったのです。

禁煙の代償

 この3ヶ月間、私は代わりの引き金をひたすら探し続けました。顔を叩き大声を出して気合を入れてみたり、氷やフリスクを舐めてみたり、全く座らずに立ちっ放しで日常を過ごしてみたりなど、様々なことを試しました。しかし、未だに喫煙行為に変わるような引き金を見つけることができません。

 禁煙を始めて以降、非常に怠惰かつ漫然とした日常生活を送っています。物事の能率や意欲は格段に落ちました。私が禁煙した目的は金銭節約であったため、現在はこれを満たせていると考えています。しかし、その代償に今失ったものも、かなりあるように感じています。

 禁煙外来に通った患者の禁煙成功率は約50%とされていますが、 残り50%が禁煙に失敗する理由のひとつがここにあるのではないでしょうか。要は、喫煙行為に変わる気分転換、あるいは、同じような爽快感を感じることが見当たらないのです。

それでも禁煙した意義はあったと思いたい

 以上のようなことを書いていれば、喫煙行為に対して大変未練がましいように見えると思います。ニコチンそのものに対しての依存状態は、禁煙外来へ通うことにより脱しました。喫煙が原因となる疾患にかかるリスクは、今後大幅に減るでしょう。それだけでも禁煙した意義があったといえます。

 禁煙は一生続くものだと言われています。 今後禁煙者として、これを維持していく方法を見つけていく必要があります。この憂鬱な状態を脱し、いつか気分が晴れやかになる日を思って、自分に何ができるかを問うていきたいです。